30代からの健康と幸せな生き方を考える

30代になってさまざまな体調不良に陥りました。それらをどうやって克服するか、そしてどうしたらより良い人生にできるかをブログを通して考えたいなと思っています。

幼少期のコンプレックスが、性格形成に大きく影響している?

最近、というか、もうここ1年くらいですけど、誰かに対して非常にイライラすることが多いです。自分でも驚くくらいに。

最初は自分ってこんなにイライラする人だったっけなんて不思議に思っていたものですが、最近ではそれがデフォルトになってしまって、もうあたりまえのように感じてしまっていました。

 

何にイライラしていたのか?

細かく見ればたくさんの理由があるのですが、ざっとまとめてしまえば、

  • 周りの人が自分が思うように(自分が正しいと思う方向に)動いてくれていないこと
  • 自分がいろいろ頑張っているつもりなのに結果が出ないこと

大きくこの2つだと思います。下記では1つずつ見ていきます。

1. 周りの人が自分が思うように(自分が正しいと思う方向に)動いてくれていないこと

まず1つ目ですが、これは主に会社でのことです。自分が疑問だと思うこと、こうあってほしいと思うことに対して、周りの人が無関心だったり、望むような行動をしてくれないことに怒っていました。

  • なんで○○に興味を持たないんだろう
  • なんで自分は大した結果を残せていないのに偉そうなんだろう
  • 物事を知らないくせに、なんで知ったふりをしているのだろう
  • などなど、なぜ謙虚さがないんだろう
  • なんで自分が常識だと思うことを、周りは全然やってないし、やろうとも思わないんだろう
  • 何であんな行動をするんだろう、本当にくだらないやつだ

など、そんな風なことをずっと思っていました。ずっとイライラして、だいぶ消耗していました。

2. 自分がいろいろ頑張っているつもりなのに結果が出ないこと

次に、それとは別に自分がやっていることで一向に結果が出ないこともイライラの原因でした。

気がつけば1年以上、地道にやっていたことがあったのですが、それはついに自分が思っていたような結果に到達することはありませんでした。

なんでだろう、なんでだろう、どうしたら、どうしたら、毎日毎日そう考えていたのに、結果が出ないことに対して焦りと落胆、怒り、さまざまな感情を感じていました。

なぜ、上記2つにそんなに怒りを感じてしまったのか?

下記でそれぞれについて考えていきます。

1. 自分と同じようにダメなところを認めろよという怒り

まず1つ目については、よく他人は他人、自分は自分というように、ハッキリ言ってどうでもいいことです。また、これまた自己啓発なんかで言われるように、他人が何をどう思うかというのは自分には変えられないことですから、なおさら考えたって仕方のないことです。

そんな風に理解していたのに、どうしようもなく周りの人たちにイライラしてしまうことが少なくありませんでした。これはなぜなのか、考えてみると、私はダメな自分を認めて認識しているのに、そう見えなかった周りの人たちに怒りを感じていたんじゃないかと思います。

なんか自分でもちゃんとわかっていないんですが、私自身は謙虚に活きているんだから、お前らも謙虚に生きろよ、この野郎ども、自分のダメっぷりをきちんと認識しやがれ、そんなような感情です。

あと、他人の嫌なところ、ダメなところ(と自分が勝手に感じる・思う点)をあげつらって、本当にふざけたやつだとか、ダメな奴だ、下賤な奴だみたいな感じで見下してしまっていました。

2. 自分はやっぱりダメな奴なんじゃないかという絶望感

2点目は自分に対する絶望感です。こんなに頑張っているつもりなのに、結果が全くでない。自分はやっぱりダメな奴なんじゃないかという、そういう思いに対する怒りでした。

そうじゃないと思っていろいろなことをするけど、なかなか結果は出ず、自分はなぜこんなにダメなんだろうという感じで、自分自身を責めるようなマインドになっていたんだと思います。

ここは若干の矛盾も感じるのですが、1点目で自分自身をダメな奴だと感じておきながら、自分はそこからどうにかこうにか逃れようとずっともがいていたんです。1点目には俺はお前らとは違うという、そういう怒りもあったように思います。

 

自分はダメな奴だという前提があった

いろいろ書きましたが、上記のようなことを書いていて、なんだか自分自身の中に、私自身はすごくダメな奴だという心の奥深くの思い込みがあったんだなと感じました。

だから自分はいろいろ頑張っていて、それでも上手くいかないからイライラしていている、また周りも同じようにダメ(なように見える)なのに、ちっとも認識せずに改善の努力もしない、そのことに大いにいらついていたんだと思います。

誰にも認められていないことから生まれる大きな不安感

何でそんな風に思うかというと、多分今現在、私自身は誰かに認められるということが非常に少ないからだと思います。仕事では未だに新人扱い、確かに実績は全く残せておらず、客観的に見てそのことについて自分自身の中にも恥ずかしさと情けなさを感じています。30代になった周りを見ると、中には仕事で大活躍している人もいます。それによって、余計に劣等感をあおられているように感じます。

だから、頑張ってない(ように見える)人たちに対して怒りを感じる

そんな劣等感があるから、私自身はとにかくそこから抜け出したいという思いで、色々なことに頑張ってきたつもりでした。本当にいろいろなことに。

それゆえに、周りの人が怠惰なように見えた時に、ダメな自分がこんなに頑張っているのに、同じくダメなあいつらが何もしていないことになぜだか憤りを感じてしまっていたんじゃないかと思います。

ダメな自分に自信を持っていることへの羨ましさ

それと同時に、もしかしたら、どこかに羨ましさもあるのかもしれません。私から見ればどうしようもなくダメな連中にも見えるのですが、彼らは少なくとも表面上はそんなそぶりをみせずに、楽しそうに自信を持って生きています。それが羨ましくて、なんだかムカついたのかもしれません。

子どもの頃に父親にめっちゃ怒られてきた

もう1つ、自分はダメな奴だと認識する大きな要因としては、子どもの頃から父親にいつも怒られてきたという経緯もあると思います。本当に何度も何度も怒られてきました。

というか、つい最近20代後半になっても、何度も怒られてきました。自分自身の行動が確かに悪かったというのも多かったので、それゆえに自分はダメな奴だという認識を持つに至ったところも少なくないと考えています。

これによって自分はダメな奴だというコンプレックスが生まれた?

以前、読んだ下記のような書籍には、子供の頃の出来事というのは当人が思っている以上に、自分の性格形成に影響を与えているかもといったような記述がありました。

上記のように、父親から認められた経験がないという事実は、私が思っている以上に今のイライラに影響しているのかなという気がしています。この点については、今一度じっくりと時間をとって振り返ってみたいなと思います。

 

自分を認めてあげよう

すごくありがちな結論だし、これまでもそうあるように頑張ってきたつもりでしたが、やっぱり心の奥底ではそうは思えていないんだと思います。家にあるいくつかの関連本を読んだ後に、下記を読もうと思います。 

認められたい

認められたい

 

楽しいことをやろう

そのための一歩として、また最近の自分自身の興味でもあった「本当に楽しいこと、興味を持てることをやりたい」という観点からも、趣味とか楽しいことに時間をこれまで以上に使ってみたいと思っています。正直、自分が心から楽しめることって未だにきちんとわかっていないですが。

誰かに相談すべき?

こういった自分自身については、これまでも1人でいろいろと考えてきたつもりでした。でも、今のように十分に改善されていないということならば、誰かに相談してみるというのも1つの方法なのかなとも思っています。

 

 

この内容については、今後改めて考えようと思います。

お読みいただきありがとうございました。