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30代からの健康と幸せな生き方を考える

30代になってさまざまな体調不良に陥りました。それらをどうやって克服するか、そしてどうしたらより良い人生にできるかをブログを通して考えたいなと思っています。

育毛と私の長い歴史、髪が薄くなるのではという恐怖と乗り越え方

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本カテゴリは「育毛」ということで、これまで私がどんな風に育毛というワードと関わってきたのか、その中で何を感じて、どうやって髪の毛をフサフサにすることを実現しようとしてきたのか、そして今現在髪の毛をフサフサにするためにどのような努力をしているのか、そういったことを紹介していこうと思います。

 

育毛との付き合いについて

まずは初めに、私自身がこれまで育毛にどのように向き合ってきたのかを、時系列で簡単に紹介していきます。ほんと振り返ってみると、ずいぶん長いこと悩まされてきたなあという気がします。

中学生の頃にハゲと言われたことで気にし始めた

髪が薄いかもというのを最初に意識したのは中学生でした。今も実家に残る卒業文集には同級生からの言葉で「はげ」という文字が記されています。記憶はおぼろげなのですが、中学2、3年生ころからはげネタでからかわれていました。

当時の髪型を見てみると、なんだか髪の毛が薄い雰囲気が強調された中村俊輔さんという感じです。下記画像がなんとなくイメージに近いかもです。

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出典:ゲキサカhttp://web.gekisaka.jp/photonews/detail/?136857-136857-pn

とはいっても、いじめ的なことではなかったと思います。昼休みとかには普通に一緒に遊んでいましたし、自分以外にも「あご」とか「でぶ」とか、そんな感じでからかわれる子が仲良しグループに普通にいましたから。

しかしながら、確かに周りの同級生と比較すると、自分の髪型はどこかぺたんとしているし、ボリュームも少ないように見えます。ここから将来は絶対にふさふさのままでいたいという思いが生まれるようになったのだと思います。

高校生の頃は部活で坊主にしたことでほぼ意識をしなくなった

ただ、それも長くは続きませんでした。高校では野球部に入ったために、入学すぐに坊主にしてしまったからです。ですから、高校時代もはげネタでからかわれることは多少はありましたが、仲のよい連中もみんな坊主だったので、中学生の後半ほど気にすることは少なかったように思います。

ただ、それにも関わらず多少はげネタでからかわれた記憶が残っているということは、同じ坊主でも多少見え方が違っていたのかもしれません。それゆえか、育毛に関する関心は多少ながらずっとあったような気もします。

大学生になると再び気にし始める、オシャレな髪型にできない悩み

高校卒業後、とうとう大学生です。この当時最初に気になったのは、髪の毛よりも洋服です。3年間野球部だったので、私服を着る機会がほとんどなかったのです。ですから、高校の部活引退後にすぐさま洋服を買いに行きました。ジーンズメイトでしたが…

そんなわけで大学生になってすぐの最も優先度の高い課題は、どこでどうやってオシャレな洋服を買うかということです。何をどう知ったのかは覚えていないのですが、グレゴリーのリュックを買って内心で大喜びしていた記憶は微かに残っています…。

興味が髪の毛に行くのにそう時間はかかりませんでした。中学・高校でからかわれた記憶は残っていますから、将来のことを考えると、早めに対策を打っておいたほうがよさそうだという気はなんとなくしていました。

プロピアのプログノを使用しはじめる 

どこで見たのかは不明ですが、大学生のおそらく2年生くらいからプロピアの育毛剤であるプログノを使用しはじめました。当時はこんなデザインじゃなかったですが。今ほどネットが発達していなかったので、たいしたことは調べていなかったのですが、なんだかよさそう、それくらいの気持ちで使っていました。 

プログノ214ヘアプロテイン 100ml×1本

プログノ214ヘアプロテイン 100ml×1本

 

大学生の頃はヘアケアに使えるお金も少なかったので、とりあえず3か月くらい使って、お金が貯まるまで1、2か月くらい経って、それからまた3か月くらい続けてとできる範囲で育毛に対するアクションを起こしていました。

 

社会人からは自分なりに予防策を本格化

社会人になってからもしばらくはプログノを使っていたと思います。同じように飛び飛びながらも、気長にやっていました。その頃には徐々にネットの情報も充実してきており、育毛に対して調べることも増えていきました。

アデランスに行ってみた

そういった事情もあってか、おそらく社会人2年目とかそれくらいだと思うのですが、初めてアデランスに行った記憶があります。カツラを買うというわけではなく、頭皮の状態をチェックしてくれるというのに惹かれたんだと思います。何を言われたかは覚えていないのですが、その時もらった小冊子で育毛の内容がとても勉強になりました。

シナリーのジンセンを使い始める

その後もしばらくはプロピアを使っていたと思うのですが、社会人4年目くらいからでしょうか、知り合いに勧められたシナリーという脱石油を掲げた化粧品ブランドの、ジンセンという養毛剤を使い始めるようになりました。

先ほど小冊子で勉強したなんて書きましたが、こう振り返ってみると、この時もほとんど知識はなかったですね。内容の良さを確信したから使い始めたとかそういうことはなく、何となく予防になるだろうくらいの気持ちで使い始めたんだと思います。ただ、このジンセンとの付き合いは長く、時おり何か他の商品を試した記憶もありましたが、育毛剤・養毛剤としてはそのあと約5年くらい使い続けることになりました。最近まで使っていたんです。

一度、何かの雑誌でフランス産のなんとかって油、多分日本の椿油的なものだと思うのですが、それが頭皮環境の改善にいいと書いてあって、わざわざ伊勢丹新宿にまで購入しに行ったのもいい思い出です。

 

育毛努力の結果、現状について

以上、ざっとこれまでの流れを振り返ってみました。中学生の頃に思い立った育毛対策からすでに約15年。幸いにも今の私は思い描いていたフサフサではありませんが、中学生時代とほぼ変わらない、もしくは当時よりもボリューミーになったような気すらします。

たまに襲い来るはげの恐怖

しかしながら、気持ちは楽観的かというとそういうわけではありません。季節的なものもあるでしょうし、気持ちの面もあるのでしょう。年間数回、薄毛についてとても気になる気分になります。なんだかいつもより抜け毛が多いような気がするとか、あれおでこが広くなった?とか、風で髪がなびくとなんだか薄く見えるとか、どうしたらフサフサになれるのだろうとか、いろいろなことを考えるんです。

ですから、この15年、育毛について気が抜けたことってあまりないような気がして、とにかくフサフサになりたい、将来のために頑張ろう、そんなことをずっと思っていたような気がします。

恐怖の乗り越え方

もちろんネガティブな気持ちになることもありました。そうした時、どうやって乗り越えたかを思い返してみると、答えはシンプルでしっかり努力することだけでした。育毛に限った話ではないですが、自分は目標のためにこれだけ努力をしている、その行動の実績、そして思いというのは人を支えてくれるものだと実感しています。

当時の対策はせいぜい育毛剤くらいだったのですが、それでも周りの20代の友人でそんなことをやっている人は皆無でしたから、こんなに早い年齢でやっている自分は絶対に将来はフサフサになるはずと心の中で強く思っていました。とにかくアクションを起こすこと、これは個人的に役立ったことでした。

もう1つは育毛がどうだとかいうことを忘れるくらいに何かに熱中するということです。趣味でも仕事でも、何かに没頭すれば恐怖を感じる暇すらありません。常にというわけではありませんが、私にもそういうことはありました。必死で頑張っていたら、あらいつのまにか気にならないくらいに髪の毛は伸びたし、なんだか量も増えたかも?、そんな風に気楽に構えられるようになっていました。

アトピーの悪化で改めて育毛を考える

しかしながら、今年の夏頃、また恐怖を感じる出来事が怒りました。髪を洗っていても、ドライヤーを使っていても、なんだか異様に抜け毛が多い気がするのです。そして、アトピーが悪化してからしばらくのことだったのですが、とにかく頭皮が痒い痒い。異様な痒さ、そして抜け毛。これはなんだかやばそうだ、そんな風に思いました。

アトピーが悪化した経緯については、下記記事をご覧ください。

blog.kenkou30dai.com

私は少々慢心していたのかもしれません。2015年後半から春頃までは何となく、頭皮と髪の毛の調子がよく、この調子だったら俺がフサフサになれる日も近そうだと、なぜだか強気だったのです。

ですから、痒みがひどいという明らかに異常な状況だったにも関わらず、私はそのうち治るだろうと変わらずジンセンを使い続け、そしてワックス等も付け続けていました。そんなある日、鏡を見て思ったのです。なんだかやっぱりこれはヤバい気がする…と。

 

 

それから、約4か月。今はだいぶ良くなってきましたし、頭皮と髪の毛も健康な感じに戻ってきました。この4か月いったい何をしたのか、そしてなぜ突然の痒みに襲われたのか、次回以降はそのことについて振り返っていこうと思います。